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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)241号 決定

抗告人 遠津文平

訴訟代理人 城田富雄

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由として抗告人は別紙抗告理由のとおり主張するから、つぎに、これにたいする当裁判所の判断見解を示す。

抗告理由一の(一)について、

記録中の根抵当権設定契約書、抵当権一部解除請求書及び本件不動産の登記簿謄本をあわせ考えれば、昌和産業株式会社(現在の商号は、香和産業株式会社、以下昌和産業という)が、昭和二十五年八月十七日その所有不動産について株式会社静岡銀行(以下債権者銀行という)にたいして、債権極度額八十万円の根抵当権を設定した際同時に抗告人が債権者銀行にたいして右極度額の債務について連帯保証を約し、かつ、本件不動産上に本件根抵当権を設定したことを認めることができる。抗告人のこの点の主張は理由がない。

抗告理由一の(二)について、

(包括根抵当の問題)

前記根抵当権設定契約書によると、本件根抵当権は、これによつて、債務元金額八十万円の限度において、昌和産業が債権者銀行にたいし、手形割引、貸付、保証その他によつて負担する一切の債務を担保する趣旨の、いわゆる包括根抵当権であることが認められる。

抗告人は、根抵当が有効とされるには担保せられる債権の範囲が、あらかじめ約定された一定の継続的取引関係にもとずく債権に限定せられることが必要である。本件のように無制限に将来発生すべき一切の債務を担保するとする根抵当権設定は無効であると主張し、「然らざれば、極度額こそ限定されて居るとしても質的には無限の債権を担保する結果となり他の債権者の立場を著しく脅威し反面債務者(所有者)の金融を梗塞する結果を招来する(原文のまま)」という。

いうまでもないが、根抵当の特質の一つは、ある債権が発生して、その根抵当によつて担保せられる状態が生じても、抵当権実行によらずにその債権が消滅すると、さらにその後に発生する債権の担保となり、これをくりかえすことによつて、一個の抵当権が、いくつかのちがう債権のために再三再四担保作用をすることができるところにある。この関係においては、根抵当によつて担保されるべき債権はたしかに「無限」であつて、このことは、抗告人のいうように、被担保債権を、「あらかじめ約定された一定の継続的取引関係にもとずく債権」に限定しても、やはり、くりかえしくりかえし無限の債権のため担保となることに変りはない。なぜならば一定の継続的取引関係にもとずいて発生する個々の債権はそれ自体それぞれ別個の債権であつて、債権の特定の問題としては一定の継続的取引関係にもとずくというだけでは少しも特定するところがないからである。もとより、かようなことは、これによつて、被担保債権額と抵当不動産の価額(担保価値)との関係は変動つねなき状況となるから、目的不動産の所有者が根抵当権者以外の者からの金融にその不動産を利用する途をふさぐこともあり、また他の債権者の地位を不安ならしめるともいい得るであろう。それだからこそ根抵当権については被担保債権の極度額を定めることが有効要件とされ、この極度額と、債権についての利息履行遅延の場合の損害金の特約など、根抵当権の効力のおよぶ限度を確定するに必要な事項を登記することによつて、第三者に思いもよらぬ損害をこうむらせないことを期するのである。抗告人の前記主張は被担保債権の極度額を定めることによつて防がれていることを、心配しているのであつて採用に価しない。

債務者がかかる根抵当を設定すると他からの金融の途を妨げられるとの点は、清算にさいしての現存の被担保債権額がいくらであるかの問題にかかつており、それが極度額にみたない限りなんら他の金融を妨げるとするいわれはないわけであるが、それが将来増減変更して現在いくばくになるかを確定し得ないときは、結局極度額を目安とするほかないのであつて、そのため他からの金融をふさがれるとしても、もともとかかる方法は債務者の自ら撰んだものであり、その故にこれを無効とすべき理由はない。債権者が債務者の無知窮迫等に乗じてあえて不当に不利益な根抵当の設定をなさしめた如き場合、その救済はおのずから別個の問題である。

また抗告人は前記のような根抵当は、「極端にいうならば仮に債務者会社の自動車が静岡銀行の店舗に衝突したことに基因する不法行為債務をも担保せしめんとするが如きことであり、判例法上確定された根抵当権の有効性の限界を逸脱したる無効のものであること明瞭である」(原文のまま)という。しかし、根抵当権を設定する者は根抵当権設定によつて信用を設定するものであつて、抵当権者からの与信を期待し得る事実関係を予想するものである(少くともかかる予想なくしては根抵当権設定するはずはなく根抵当権設定ある以上、当事者間にかかる予想あるものとみるべきである)。したがつて、現在および将来の一切の債権というは、直接または間接に取引関係によつて生ずる一切の債権を意味することが通例であり、本件根抵当権設定契約書に「手形割引、貸付、保証」と例示した上、その他一切の債務を担保するため根抵当権を設定する旨記載してあることからみて、本件根抵当権も例外でないことが認められる。抗告人の主張は本件根抵当権設定契約の不当な拡張解釈を前提とするものであつて、もとより理由がない。のみならず、不法行為にもとずく債務をもふくめた一切の債務のために根抵当権を設定することも、当事者の意思によつてできないことではなく、私的自治。契約自由の原則上その効力を否定し得ないものである(身元保証の目的で根抵当権を設定することも可能でありその場合被担保債権中に不法行為にもとずく損害賠償債権がふくまれることはあり得ることである)。

(登記の問題)

また抗告人は本件根抵当権の登記は登記原因の記載を欠く無効のものであるという。けれども抵当権設定登記に記載すべき登記原因としては抵当権設定契約を表示すれば十分であり、そのためには、抵当権設定契約を特定指示するにたるほどの記載をすることが必要でかつ十分である。ところで本件抵当権設定登記には債権者、債務者、根抵当であること、担保される債権の極度額、利息損害金に関する特約の記載あること前記登記簿謄本の記載により明かで、前述の必要をみたしてあまりあるものと認められるから右抗告人の主張も理由がない。よつて抗告理由一の(二)も採用の余地がない。

抗告理由二について、

抗告人は本件抵当権実行の申立債権の中金五十万円はすでに弁済されたにかかわらず、これを無視してなされた競落許可決定は不当であると主張するけれども、右抗告人の主張自体残債務三十万円の存することを自認しているので、被担保債権全部消滅したのではないから、競落不許の理由とはならない。のみならず競売申立人提出の「依頼書」と題する書面によれば債権者銀行が抗告人主張の日に抗告人から金五十万円を受領したことは相違ないが右は抗告人に対して有する昭和二十八年五月四日手形貸付による元本百三十三万円、弁済期日同年五月十五日なる別口債権の内入弁済に充当せられたものであつて本件競売申立債権には何ら影響のないものであることが明白である。よつて抗告人の右主張もまた理由がない。

その他本件記録を調査するも原競落許可決定には何ら違法の点が認められないから、本件抗告は理由なく棄却を免れない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 浅沼武)

抗告の理由

一、本件競売の申立は有効なる抵当権に基く申立でないから却下さるべきである。

(一) 申立債権者株式会社静岡銀行が抗告申立人に対して有すると称する根抵当権は記録編綴の「根抵当権設定契約書」によれば主債務者たる昌和産業株式会社が静岡銀行より「手形割引貸付保証その他私が負担する一切の債務を担保するため」昌和産業株式会社の所有に属する不動産に対し根抵当権を設定するというものであつて本件抗告申立人の所有に係ること明白なる本件の不動産については抵当権設定の契約なきこと文理上明白であるからたとえ抗告申立人所有の物件が偶々同契約書の末尾に表示されてあつて又登記手続が履践されたとしても根本的に当初から抵当権設定の債権的乃至物権的契約のない本件抗告申立人所有の物件に有効なる抵当権が成立する謂われがない。

(二) 根抵当権は継続的な取引関係から生ずる数多の債務を将来の決算期に於て一定の限度額まで担保せんとするものであり判例法の発展により所謂担保物権の附従性を緩和せられその有効性を容認せられて居るものであるがその限界としては「継続的な取引関係」は予め確立されて居なければならないと解すべきである。

然らざれば極度額こそ限定されて居たとしても質的には無限の債権を担保する結果となり他の債権者の立場を著しく脅威し反面債務者(所有者)の金融を梗塞する結果を招来する。

本件申立債権者が有するとして競売申立を為したる根抵当権は前号に記述したとおり債務者昌和産業株式会社が申立債権者に対し「………その他一切の債務を担保するため」設定せられたというもので極端に云うならば仮に債務者会社の自動車が静岡銀行の店舗に衝突したことに基因する不法行為債務をも担保せしめんとするが如きものであり、判例法上確立された根抵当権の有効性の限界を逸脱したる無効のものであること明瞭である。然かも記録添付の登記簿謄本の抵当権設定登記の記載によれば「昭和二十五年八月十七日根抵当権設定に因り」と登記原因が表示されて居るが斯る登記は原因の記載を欠く無効のものと解すべきである。

二、仮に以上の事由が認められないとしても抗告申立人は本件申立債権に対し昭和三十年十月二十二日金五十万円也を保証人として代位弁済したので申立債権は現存額金三十万円となつたものである。依つて本件競売手続開始決定はその請求金額に著しき差異があり請求の同一性を欠く結果となるので之を取消さるべきであると主張する。少くとも該開始決定は更正決定を為したる上爾後の手続を進行せらるべきであると主張する。依つて本件競売は民事訴訟法第六七二条第一に該当し競売を許すべからざるか之を続行すべからざる場合に該当するに拘らず之を看過して為されたる違法があるので抗告を申立てるものである。

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